ソール:「現時点で、アンダーアーマーのバスケットボール・シューズのUSでの売上は350%以上アップしています。ステフェン・カリーのシグニチャー・シューズの市場規模は、ジョーダンを除いてはレブロン、コービーを含む他の選手たちのシェアよりも大きいのです。もしカリーが「次のジョーダン」であるならば、わたしたちの予想は(良い方に)外れるでしょう」

この「カリー現象」がどうやって誕生したのかを知っているファンは少ない。どのようにして、この世代で最も人気のある選手が、世界で最も大きなブランドの手からすり抜けていったのか? そして、どのようにしてアンダーアーマーがこの世界を熱狂させるトレンドを生みだす事ができたのだろうか?

2013年のオフシーズン

2012-13シーズン、カリーは78試合に出場し、ウォリアーズをカンファレンスのセミ・ファイナルまで導いた。同時に、ナイキにとってカリーと再契約する最初のチャンスだった。シューズ・ビジネスでは、契約しているという事はこの上ないアドバンテージであり特権でもある。

カリー:「ナイキとは長い間一緒にやってきました。ずっと一緒にやってきた会社からピッチを受けるのはちょっと変な感じがしました。よく知っている人たちもその中にいましたしね。」

カリーは、2013年のずっと前から「ナイキの選手」だった。カリーの名付け親のグレッグ・ブリンクはナイキで働いていた。カリーはナイキを履いて育ち、大学のデヴィットソンでもナイキを履いていた。カリーが世間から注目されはじめたのが、2013年の2月28日のマジソン・スクエア・ガーデンで54得点した試合からだ。スリーを入れまくり、マッチアップした選手がカリーはバスケットを見ずにスリーを決めていたと語った試合である。その試合では、カリーはナイキのZoom Hyperfuseを履いていた。カリーは、そのシューズをベイエリアの家で大切に保管しているそうだ。

カリー:「気に入ったシューズは捨てません。わたしにとってそれらのシューズは、自分のキャリアの記録なんです。」

カリーにおいて、ナイキにはアドバンテージしかなかった。シューズ会社にとって契約中である事は、とてつもない優位がある事を意味していた。選手たちは、NBAが嫉妬するくらいブランドに忠誠を誓っているからだ。そして、ナイキはただのシューズ企業ではない。ナイキは、スニーカー市場で他企業をカルチャー的にも金銭的にも圧倒しているザ・スニーカー企業なのだ。The Verticalのニック・デポーラによると、ナイキはNBA選手の68%と契約していて、ジョーダン・ブランドも含めると、そのシェアは74%にものぼる。Team USAのヘッドコーチであるマイク・クリゼゥスキは、ナイキのエンドーサーでもある。2012年のオリンピッックのアメリカ代表は、ケヴィン・ラブ以外の11人全員がナイキと契約していた。それ程巨大な勢力を誇っているのだ。