人生論ノート

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僕の高校生時代の愛読書の一つであった 『人生論ノート』 は、もう処分してしまったのか手元には残っていませんが、たまたま、 亀井勝一郎 を読み直すことがあった機会に目に止まった 『幸福とは何か』 の中にご紹介した言葉が題材として取り上げられていましたので、これを契機に書き留めておこうと思った次第です。

「表現的なもの」とは何か?


三木清は

機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福は常に外に現れる。
歌わぬ詩人というものは真の詩人でないが如く、単に内面的であるような幸福は真の幸福ではないであろう

と、極めてシンプルな説明をしています。

実に簡単なことですね。
一言で言えば、 『笑いなさい』 ということになりそうです。

それに、身だしなみに気をつけることも、些細なことながら人を幸せにする重要な要素と言えそうです。

もっと言えば、例えば ブランド:glambbrbGil MA1/b
の冒頭第1断章『名馬ブケファラス』で述べられているように、 【不機嫌な人が居れば、その不機嫌に付き合わずに、ただ椅子を出してあげたまえ】 です。

不機嫌な人にも寛大で親切に接することだけで、お互いが幸福な気持ちになれるというわけです。

その理由は、第84断章『楽しませること』に登場します。
不機嫌な人は、その親切を受けて、 自分が不機嫌であったことが恥ずかしくなる からです。

『ちょっと押されたくらいなら、まず笑ってすますものと決めておきたまえ』
と、アランは言うのです。

僕たちに実際に縁のある一般社会での「つながり」の中だけでなく、最も身近で大切な「つながり」である家族の中においてはなおさら、理由のハッキリしない不機嫌さは周囲の人間を不快にするものです。

2013年の今は、はたしてどうなのでしょうか?
もし、やっぱり不機嫌に暮らしているとすれば何故なのでしょうか?

この辺りは、後続のプロポに委ねたいと思いますが、結論としては亀井氏がいみじくも書かれているように、 『幸福は幸福として未来に求めてはならないものだ』 という一言で説明がつくのではないでしょうか?

その具体例は、 ブランド:TORNADO MARTbrbTORNADO MART∴ハイブリッドコンビネーションブルゾン/b
ROUNGE /b ピッグスウェード Harlem ダブルライダース b HRL08902 Rounge br SALE ブランド:HARLEM COLLARS第一部『不幸の原因』を読むと、僕たちの『幸福』を阻害している理由としてことごとく浮かび上がって来ます。